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requiem[6]

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@気仙沼線南気仙沼駅前(上記5点)
 ◇◇◇
気仙沼線の旅では、翌朝5時の取材に備え、気仙沼魚市場近くのビジネスホテルに宿泊しました。
そのホテルは津波被害で休業していたものの、建物自体は元の場所にありましたが、
ホテルのフロントで丁寧に教えていただいた、南気仙沼駅前通りに面した地元客御用達の居酒屋は、
ひとかけらの痕跡すら見つけることができないほど、あたりの風景が一変しておりました。

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@気仙沼観光船桟橋周辺(上記3点)
 ◇◇◇
魚市場での取材を終えた僕は、その足で桟橋へ向かい、気仙沼大島へと渡りました。
このとき乗船券を購入したエースポートと呼ばれる建物に、今回足を踏み入れると、
人気(ひとけ)はまったくなく、そこには変わり果てた発券所だけが残されていました。

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と、そこにかつて僕自身が乗船し、写真にも収めた「海来号」が目の前をスーッ。
3月の拙ブログで触れた状況から復活したことを知り、少しだけ明るい気持ちになりました。

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@大船渡線線鹿折唐桑駅前(上記2点)
 ◇◇◇
気仙沼市街地のすぐ隣に位置する鹿折地区は、震災当日の夜にも広く報道されましたが、
津波で流された重油タンクが流れ着き、一帯が火の海に包まれた場所です。
町中の瓦礫撤去はそこそこ進んでいるように見えましたが、
未だ残されたままとなっている巨大な厄介モノの行方は、はたしてどうなるのでしょう。


by nandakadays | 2011-10-31 08:00 | NANDAKA | Comments(0)

requiem[5]

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@気仙沼線陸前小泉駅周辺(上記2点)

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@気仙沼線大谷海岸駅(上記3点)

f0234982_161817.jpg気仙沼線の取材はポジで撮影していましたが、
現像したポジは代理店に渡したまま。
手元に残っているのは、メモ代わりに撮った
ショボデジカメの画像のみですが、
今となっては震災前の様子を振り返る
貴重な資料にもなっています。
 ◇◇◇
比べると、大谷海岸駅の目の前に広がっていた
松林や白砂の浜は跡形もなく消えてしまいました。
そして駅構内で飼育されていたマンボウの姿も、
もう、そこにはありません。


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@岩井崎プロムナードセンター(上記2点)

f0234982_16184730.jpg気仙沼線陸前階上駅から向かったこちらも
案の定、大きな被害を受けていました。
上記写真左奥に見える青い柱付近が、
おそらく左写真のあたりでしょうか。


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気仙沼市岩井崎は気仙沼湾の入口に突き出た岬だけに、被害も甚大だったのでしょう。
訪ね歩いた多くの被災地とは対照的に、瓦礫の撤去があまり進んでおらず、
茫然と立つだけの僕の横を、瓦礫搬出のダンプがひっきりなしに通り過ぎていきました。


by nandakadays | 2011-10-30 09:00 | NANDAKA | Comments(0)

requiem[4]

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@気仙沼線志津川駅(上記3点)
 ◇◇◇
JR東日本の車内誌「Train Vert」の取材・撮影のため、気仙沼線に独りで乗り込み、
途中幾度も列車を乗り降りしていたのは、2004年12月14・15日のこと。
東北本線との分岐・小牛田駅(ちなみに前谷地駅までは石巻線)を起点に、まずは内陸エリアの取材を進め、
陸前戸倉駅を過ぎて間もなく車窓に広がったのが、初めて目にする三陸の海・志津川湾でした。
 ◇◇◇
続く志津川駅で降りた僕は、ホーム下の通路を抜け、志津川湾遊覧船の取材へ向かいました。
取材そのものは、さほど時間がかからず終わりましたが、ローカル線ゆえ運行本数が少なく、
待ち時間を利用して、駅の周辺を散策したり、港に停泊する船を眺めて過ごしたものです。
 ◇◇◇
これまで立ち寄ってきた石巻や女川は、いずれも初訪問の地でしたが、
ここ志津川に立つと、以前の光景が思い出され、どうしても感傷的になってしまいます。
思えば7年近く前のことで、町名も志津川町から南三陸町に変わりましたが、
あのとき一緒の列車に乗り合わせた帰宅途中の高校生はどうなっただろうか…
そんなことを思いながら、変わり果てた駅の様子や町並みを眺めておりました。

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ポツンと取り残された気仙沼線の橋脚

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志津川駅前にかろうじて立つ建物

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手を合わせる人の絶えなかった南三陸町防災対策庁舎

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やや内陸に入ったあたりでも、塩害で変色した杉林が続いていました。

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大半の建物が津波で流されてしまった南三陸町志津川地区ですが、それでも仮設の店舗がポツリ。
特にコンビニは、宮城県内ではセブン・イレブン、岩手に入るとローソンが行く先々で大奮闘しており、
あたかも復興に向けた灯火のように多くの人が集まっていました。


by nandakadays | 2011-10-29 09:00 | NANDAKA | Comments(0)

requiem[3]

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@女川市街地(上記4点)
 ◇◇◇
石巻市から、ひとまず女川町へ。
海に向かって下り始め、そろそろ市街地に入る頃かと思った途端、あたりの風景が一変。
道の両側にあるべきはずの建物がなく、国道398号だけがまっすぐ先へとのびていました。
そのまま女川港に近づくと、いくつものビルが横倒しのまま放置されており、
今さらながらにして、津波の猛威を思い知らされた気分です。

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@石巻市水浜地区(上記2点)
 ◇◇◇
今回、訪ね歩いてみて気づいたのは、これまで報道等で見聞きすることのなかった
名も知らない入り江という入り江が、ことごとく津波に呑みこまれていたことでした。
ここもそんな小さな入り江の一つ。それぞれの暮らしがあったことを思うと切なくなります。

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@石巻市雄勝地区(上記3点)
 ◇◇◇
旧雄勝町の中心部だったところと思われますが、こちらもかなりの惨状でした。
出発直前、難を逃れた地元の中学生が復興に向けて古タイヤで太鼓を作り、
伝統の雄勝太鼓の腕前を披露している様子をたまたまTVで目にしただけに、
どこからか太鼓の音が聞こえてくるような心持ちで、しばしその場に佇んでおりました。


by nandakadays | 2011-10-28 10:00 | NANDAKA | Comments(2)

requiem[2]

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@石巻駅

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@旧北上川

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@石巻工業港

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東松島市から石巻市へ。
 ◇◇◇
実は今回、出発に先立って被災地の現状を調べることはせず、持ってきたのは古い道路地図のみ。
そのため、石巻市街に入ってみたものの、どちらへ向かうともなく海沿いや川の近くをウロウロ。
冠水している道路が多く、Ponko号もあわや立ち往生しそうなほどでしたが、概して被害は軽微で、
ひとまず石巻駅近くで、こちらの名物と思しき「石巻焼きそば」とやらを食したりしておりました。
 ◇◇◇
で、改めて駅前の小高い丘(日和山と呼ばれているらしい)を海側へぐるりと回り込んだところ…。

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我が目を疑う光景とはこのことかと、言葉すら出ませんでした。

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それでも震災直後に比べると、瓦礫の撤去はかなり進んだ模様。
自らを鼓舞するかのような文言に、こちらが励まされます。


by nandakadays | 2011-10-27 09:00 | NANDAKA | Comments(0)

requiem[1]

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相棒Ponko号とともに訪ね歩いてきました。

 ◆◆◆
そもそもの話の始まりは、7月に行われたTIBFの帰り道のこと。
還暦デザイナーのOさんと浜松町で安酒を飲みながら、
東北地方太平洋沖地震とそれに伴う甚大な被害(いわゆる東日本大震災)の話題に。
 ◇◇◇
「…これまで数多くの災害や事件が起こり、そのたびに心を痛めてきたが、
時間の経過とともに、いつしか記憶が風化していくのを自分自身実感している。
未曾有といわれる今回の大災害であっても、それはきっと同じだろう。
ただ、生き残った者としては、どのような支援ができるかというだけでなく、
できるだけ記憶を風化させず、語り継いでいくにはどうしたらいいのだろうか…」
 ◇◇◇
そんなことを酔眼で語りながら、記憶を風化させないために我々が選んだのは、
事の是非はともあれ、自らの足で被災地に立つことでした。
そしてお互いの仕事を調整し、10月半ばになって「さぁ、いよいよ」となったときに、
Oさんの高齢の母親が体調を崩し、入院・手術する事態に―。
しばらく様子を見ることも考えましたが、雪が降るとPonko号での移動が難しくなるため、
Oさんは被災地行きを断念。やむなく独りで向かうこととなり…。
 ◇◇◇
と、ここまでは7月の尾瀬・燧ヶ岳山行と似たような展開となりましたが、
今回は週末の出発ということもあり、行程の前半のみ、急遽家人が代役?として同行することに。
そんなこんなで10月21日夜、東北太平洋岸に向け、東町を出発しました。

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その後25日まで過ごした被災地では無音で通しましたが、さすがに深夜の東北自動車道では、
Led ZeppelinやGrand Funk Railroadなど、往年の英米Hard Rockを意識的にガンガン鳴らし、
迫りくる眠気をどうにかこうにか吹き飛ばしながら、ひたすら北上であります。
 ◇◇◇
途中、仮眠を挟み、22日の朝には仙台港北ICから国道45号へ。
宮城県の多賀城市、塩竈市、松島町を経て、最初に車を降りたのは東松島市野蒜地区でした。

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JR仙石線野蒜駅周辺では、地震直後から運行中の上下線の安否が不明となり、
その様子が頻繁に報道されたこともあって、気になっていた場所でした。
駅舎やホームは辛うじて姿をとどめていたものの、界隈には津波の爪痕が残り、
かなりの覚悟をもっての被災地訪問でありましたが、
初めて目の当たりにする被害の実態に、ただただ驚くばかりでした。


by nandakadays | 2011-10-26 12:00 | NANDAKA | Comments(0)

ウルトラQ??

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なんとなくオープニングのタイトルバックに似てる気が…??
公園池の底から石坂浩二の声が聞こえてきそうです。


by nandakadays | 2011-10-19 00:00 | NANDAKA | Comments(0)

朗報

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北海道大学出版会のI嬢からウレシイおしらせが舞い込みました。

 ◆◆◆
僕が原稿整理・割付指示・校正を担当し、今年の3月末に刊行された翻訳書『チェコの伝説と歴史』が、
なんと第48回日本翻訳文化賞をいただいたとのこと。
これは日本翻訳家協会の主催により、過去1年間に最も優れた翻訳書を刊行した翻訳者に贈られる賞で、
ちなみに前年の受賞者は、今をときめく柴田元幸氏!
もちろん僕が受賞したワケではありませんが、なんとも光栄であります。
 ◇◇◇
実はこの翻訳書の原稿を受け取ったのが昨年11月半ばのこと。
A5判で600頁に迫る大部にしては、異例ともいえる遅いスタートでした。
で、横組みの元原稿を縦組みに指定するだけでも、かなりの手間だったのですが、
加えて註釈と挿絵の多いこと多いこと…天を仰いでため息をつくヒマすらありません。
それでも翻訳の浦井康男先生が北海道大学文学部を停年で退官する2011年3月末日までに、
どうしても出版にこぎ着けなければならないという無慈悲な至上命令があったものなので、
原稿整理にヒーヒー言いつつ、片やIllustratorを用いて挿絵の縮小率や割付を決めていくなど、
とにかく、しっちゃかめっちゃかな独りてんてこ舞いの日々を過ごすことになりました。
 ◇◇◇
このときの校正紙は、本年2月の拙ブログにもチラリと登場しますが、
2月18日時点でチンタラ校正しているようでは、3月末刊行はすでに黄信号のようなモンです。
「やることはやったが、こりゃ、どう考えても間に合いそうにないな」と半ば諦め気分でおりましたが、
I嬢の驚異的な執念により、どうにかこうにか刊行と相成った次第であります。
 ◇◇◇
校正のやりとりはすべて郵送で、僕が最後の校正紙を超速便でどさっと送ったのが3月上旬。
もし数日遅れていたら、震災に伴う東京・札幌間での郵便&宅配便全面ストップの煽りを受けて、
年度末に間に合うことはなかったでしょう。その意味でも本当の滑り込みセーフでした。
 ◇◇◇
ちなみに僕は翻訳の浦井先生とは一面識もなく、本書のどこにも僕の名はありません。
この稼業、ま、こんなモンです。
ただ、今回の作品については、浦井先生の次くらいは読み込んだだろうなという自負があるので、
ともあれ受賞を心より喜んでいる次第です。

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『チェコの伝説と歴史』
  アロイス・イラーセク 著 浦井康男 訳・註解
  A5判/上製本/580頁/本体価格9000円/
  北海道大学出版会(札幌)
  ISBN978-4-8329-6753-3


by nandakadays | 2011-10-16 08:00 | NANDAKA | Comments(4)

出版記念の宴

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ひと区切りつきました。

 ◆◆◆
昨晩は、4年越しの企画が稔り、9月末に刊行にこぎ着けた『食料自給率という幻』
出版記念の宴が御茶ノ水で催され、編集全般を手がけた僕もいそいそ。
著者である茂木創拓殖大学政経学部准教授(左)やお目付け役?の吉野教授(右)をはじめ、
本書の関係者が集まり、あることないことを肴に、あれやこれやと盛り上がり…。
 ◇◇◇
そもそもは、僕が版元にいた頃に持ち込まれた共同執筆企画でしたが、
原稿がまとまらず、暗礁に乗り上げている最中に僕が退社し、企画自体も宙ぶらりんに。
そのままであれば、ほぼオクラ入り間違いなしだったのですが、
共同編集の西山氏はじめ、著者・関係者の執念と尽力により、
構成を練り直し、単著として全面的に改稿を施したうえで、どうにかこうにか完成。
出版を快諾いただいた唯学書房の村田さん(かなりの山好き)には、ただただ感謝であります。
 ◇◇◇
関係者の誰もが、ほぼ手弁当状態だったにもかかわらず、ここまで粘れたのは、
何よりこの本を世に問いたい、という一念だったのではないでしょうか。
「9月末日までに刊行」というお目付け役・吉野教授との男の約束?もあったため、
この夏は、やんわりと、しかしねちっこく茂木先生に原稿や校正の催促をし続けたので、
間違いなく茂木先生には相当嫌がられていたことでしょう。
それでも、こうしてカタチになると、関係者の顔には笑みがこぼれ、
モノづくり稼業ならではのヨロコビを、つくづく感じます。
 ◇◇◇
で、本当の勝負はこれから。はたして世に問う書籍と成りえたのか。
巷間伝えられる「食料自給率」なるものが、いかに曖昧で矛盾に満ちた日本独自の数値であり、
国益の観点から食料自給率を捉え直してみると、食料自給率自体を政策ターゲットとすることが、
経済学の立場から考えた場合、本当に日本の農業のためになるのだろうか?
という冷静かつシニカルな視点で書かれています。
学者特有のアカデミックな内容にならないよう配慮しつつ、鋭く喝破した一般向け啓蒙書だけに、
TPP交渉参加の是非が、なかばヒステリックに世間をにぎわすなか、はてさて真価が問われます。

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『食料自給率という幻―誰のための農業政策なのか』
  茂木創 著
  四六判/並製本/192頁/本体価格1800円/
  唯学書房(東京)
  ISBN978-4-902225-66-2


by nandakadays | 2011-10-15 11:00 | DAYS | Comments(2)

Road to London?

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トンデモナイことになりました…。

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6月から朝のジョギングを始めたりしたので、勢いというか軽いノリで申し込んだところ、
9.6倍の難関を突破し、東京マラソン2012フルマラソンの部に当選してしまいました。どっひゃー!
 ◇◇◇
よもや当選するとは思っていなかったので、今はただただ冷や汗モンでありますが、
高校の卒業文集に、「42.195km走るゾ」と書いた恥ずかしい過去もあることだし、
こうなった以上、腹を決めて臨むしかありません。
 ◇◇◇
実を申せば、チン太郎肝入りというのが不快の極みではありますが、
瑣末なことに苛立ってももったいないので、ここは気持ちを切り替え、
都心を楽しんで走れるよう、残り4ヶ月を有効に過ごさねば…。
 ◇◇◇
てなワケで、まずは酒量を減らすところから始めなければならない自分が、なんとも情けない(汗)


by nandakadays | 2011-10-14 08:00 | NANDAKA | Comments(2)